平成21年度 人文科学 国家総合職

問題

ウィーン体制下のヨーロッパに関する記述として最も妥当なのはどれか。

1 ナポレオン戦争後に,ヨーロッパの秩序回復を目指して聞かれたウィーン会議では,フランスの外相メッテルニヒの主宰の下,フランス革命前の君主の支配を正統とみなす正統主義を基調として各国の利害調整が進められ,フランスではブルボン朝,ドイツでは神聖ローマ帝国が復活した。

2 復古的な風潮が強まっていたウィーン体制下において,自由主義や国民主義の理念に基づき,ドイツの大学生を中心とするブルシェンシャフト運動,ロシアの青年士官を中心とするデカブリストの乱,イタリアの秘密結社であるカルボナリによる乱が起こったが,いずれも鎮圧された。

3 産業革命を世界で初めて達成したイギリスでは,労働運動も最も早く始まり,児童の労働時間の制限を求めるチャーティスト運動が展開された。また,社会主義思想家のサン=シモンとフーリエは,共同で著した『国富論』の中で資本主義の自由放任の競争こそが社会悪の原因であるとして,労働運動を擁護した。

4 王政復古の下でのフランスでは立憲王政がとられていたが,ルイ=フィリップが即位すると,選挙資格制限や出版統制などを強行しようとしたため,パリの民衆が蜂起して七月革命が起こり,王政が廃止され臨時政府が樹立された。

5 人間の理性を重視する啓蒙思想が広まり,モンテスキューは『法の精神』において表現の自由や信仰の自由を主張し,カトリック教会を厳しく批判した。これに対し,ヴォルテールは『哲学書簡』において君主の専制を防ぐものとしての教会の権威を擁護した。

解答

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