平成21年度 人文科学 国家一般職

問題

次の文は,我が国のある時代についての記述であるが,これと同時代の世界の状況を記述したものとして,最も妥当なのはどれか。
(園E平21)

桓武天皇は,天皇権力を強化するため,長岡京へ都を移した後,さらに,平安京へと都を移し,律令政治の再建のため,さまざまな改革を行った。

また,桓武天皇は新しい仏教を支持し,中国で学んだ最澄と空海が,それぞれ天台宗と真言宗をひらいた。

1 東アジアでは,チンギス=ハンが諸部族を統一し,モンゴル帝国を建てた。モンゴル帝国は次々と領土を広げ,第5代のフビライは,大都に都を定め,国名を元と称し,南宋を滅ぼして中国全土を支配した。

2 南アジアでは,ムガル帝国の第3代皇帝アクバルが中央集権的な統治機構をととのえた。アクバルは,自らヒンドゥー教徒の女性と結婚し,非イスラーム教徒に課されていた人頭税を廃止して,ヒンドゥー勢力を味方につけた。

3 西アジアでは,アッバース家が,ウマイヤ朝を倒しアッバース朝を開いた。アラブ人の特権を廃止し,すべてのイスラーム教徒を平等に扱った。第5代カリフであるハールーン=アッラシードの時代に最盛期を迎え,首都バグダードは国際都市として繁栄した。

4 ヨーロッパでは,ローマ=カトリック教会の聖職売買などが生じていたため,クリュニー修道院を中心に改革の運動が起き,教皇グレゴリウス7世と神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世の間で叙任権闘争が始まった。教皇が皇帝を破門したため皇帝はイタリアのカノッサで、教皇に謝罪した。

5 マケドニアのアレクサンドロス大王は,ペルシアを討つため,東方遠征に出発した。大王はエジプトを征服した後アケメネス朝ペルシアを滅ぼし,さらにインド北西部にいたり,東西にまたがる大帝国を築いた。

解答

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