平成16年度 国際関係 国家一般職

問題

アメリカ合衆国の外交に関する次の記述のうち,妥当なのはどれか。

1 第一次世界大戦時のアメリカ大統領ウィルソンは,アメリカ合衆国の影響力をアジアへと拡大するためにフィリピンの領有を主張し、フランス政府の提唱した民族自決の理念を非現実的なものと拒絶して,植民地主義の論理を主張した。このようなウィルソンの外交理念は,1918年に大戦参戦の理由として掲げた「14箇条の宣言」にもみることができる。

2 1947年,アイゼンハウアー大統領は議会演説の中で,世界を自由主義と全体主義の二つに分け,ファシズムに代わる新たな敵である共産主義的全体主義から自由主義を擁護することを訴えた。この外交路線はアイゼンハウアー・ドクトリンと呼ばれ,アメリカ合衆国は,共産主義の膨張への対抗手段として「封じ込め」政策を展開し,ソ連との対決姿勢を強めていった。

3 1962年,ソ連がキューバに核ミサイル基地の建設を始めたため米ソ間の緊張が高まり,米ソは核戦争の危機に直面した。アメリカ合衆国は,基地建設阻止のためにキューバに派兵し,ソ連の支援を受けたキューバ軍と軍事衝突が生じた。これはキューバ紛争と呼ばれる。その後,地域紛争が核戦争に発展する恐怖から,核兵器不拡散条約(NPT)などの軍備管理の動きが促された。

4 1970年代,ニクソン政権下のアメリカ合衆国は,中国やソ連との間でデタントを成功させた。71年にニクソン大統領の中国訪問の意向が発表され,ニクソン・ショックとして世界を驚かせた。ニクソン大統領は翌72年に訪中し,米中和解の共同声明(上海コミュニケ)を発表し,日本の軍事的脅威の再来に備えて北京政府との間で安全保障条約を締結した。

5 1981年に大統領に就任したレーガンは,ソ連を「悪の帝国」と呼び,対ソ強硬姿勢をとった。宇宙空間で核ミサイルを迎撃破壊する戦略防衛構想(SDI) を発表して軍事的な対ソ優位の確立を目指す一方で,社会主義勢力拡大を防ぐために,第三世界への軍事的介入を強化していった。このような動きを背景にした80年代における緊張の高まりを「新冷戦」と呼ぶ。

解答

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